(この記事は2017年12月1日時点の情報です)
がんになっても働き続けるために 〜ステージ4のがん患者の経験から〜
一般社団法人キャンサーペアレンツ 代表理事
エン・ジャパン株式会社 人材戦略室所属
西口洋平 氏
『キャンサーペアレンツ』設立までの経緯
今、私には小学生の娘がいます。
私自身は小学校からサッカーをやっており、高校・大学とサッカー部に所属して、大学では合宿や練習一辺倒という学校生活を送っていました。
公務員の両親には大学まで入れてもらったのですが、私は2002年に真逆のベンチャー企業に入ります。
当時「ベンチャー企業」や「ブラック企業」という言葉はありませんでしたが、いわゆる中小企業、「つぶれそう」「夜遅くまで働く」、そんな会社だったので、親には大反対されました。
そして今、入った時は50人だった会社が、2000人の会社になりました。
エン・ジャパンという、今は海外にも支店がたくさんあるグローバルな求人会社で足掛け15年頑張ってきたのですが、2015年2月に「あなたはがんです」という告知を受けました。
私のがんは胆管がんという厄介ながんで、見つかった時には既に進行していて、ステージ4。いろんなデータがあると思いますが、5年生存率は2.9%という数字です。
告知を受けて2年半以上経っていますが、元気です。
今、私は『キャンサーペアレンツ』というサービスを立ち上げて運営しているのですが、どういうきっかけで始めたのか、簡単にお話ししたいと思います。
私は35歳でがんになったのですが、職場にがんの人は誰もいませんでした。友達にもいませんでした。父親が5年ほど前に肺がんになっていたのですが、離れて暮らしていたので、その事は知らされていませんでした。
ですから、がんに対してまったく無知で、周囲にがんの人がいるという事すら気にかけた事はありませんでした。
がんの教育も受けていないので、誰に相談していいのか分からない。「どうしよう」「僕だけなんじゃないか」、当時はとても孤独でしたし、乳がんのように多くの情報がない「胆管がんって何?」と、訳が分からない事だらけです。
その年の秋、私のように小さなお子さんを抱えているがん患者さんが1年間にどれくらい増えているか、という数字をがんセンターが出したのですが、毎年6万人ずつくらい増えている、との事でした。
これを見て「僕と同じような同世代の人たちは絶対いて、みんな同じように孤独と闘っているんじゃないか」と思いました。
そこで、たとえば同じ年齢であったり、ステージが近い人たちだったり、子どもの年齢が近い人たち同士がつながれる場所を作ろうと思って『キャンサーペアレンツ』を立ち上げました。
拠点はスマホのサイトです。がんになっても生きていく事を前提にして、生きていきやすい社会を作っていきたいという大きな目的があります。
今、『キャンサーペアレンツ』には全国の患者さんたちが1300人いらっしゃいます。
私と同じようにステージ4という厳しい状況の中で闘っている方たちもいれば、もう5年経って治りましたという方たち、様々な方がいらっしゃいます。
告知を受けた後というのはすごく凹むのですが、そこから早く立ち直るためには仲間のサポートが大事だと思っているので、まずは前向きになれるという事から伝わってほしいな、と思います。
また、働きながら、子育てをしながら、もしくは地域の中に生きていきながら、という事についての情報がなかなかなく、生きていきにくさをみなさん感じているので、私たちがつながって情報を発信していく事が社会を変えていくんじゃないかと思っています。
たとえば、子どもをもつ患者さんが子どもにどう病気の事を伝えるのか、というのも非常に大きなテーマなので情報を集めて発信していますが、「がんを子どもに伝えてよかったと思いますか?」という質問をすると、「よかった」という方が87%と非常に肯定的でした。そして「伝えない方がよかった」と回答した方はゼロでした。
やはり子どもに伝えるという事については非常に私も悩んだし、時間もかかりました。
でも、伝えない方がよかった、と否定的にとらえている方はゼロだったんですね。
こういう事は、これからがんになる方も含めて非常に参考になる情報になるのではないかと思っています。
あとは、仕事に関する情報なども発信しています。
病気になって孤立感を感じた中で、仕事というものの位置づけも「社会とつながっていたい」という風に思っている人たちがたくさんいらっしゃいます。
一般的に経済的な面がフォーカスされがちですが、仕事というのは賃金などの話だけではないんですね。
みなさんも含めて、がんを知る。そして、生きる力につなげていく。かつ、これを事業としてうまくつなげていければ。今まで、こういう若い組織がネットで取り組む事がなかったので、メディアなどにも取り上げていただいています。
こどもをもつがん患者でつながろう
『キャンサーペアレンツ』は画像をクリック
がん治療と仕事について
最初2月に告知を受けて、その後手術をしますが、当初12時間かかると言われた手術は2時間で終わりました。
要は、画像上は手術ができると思ってお腹を開けてみたら腹膜とリンパに転移があり、手術できないという事でそのままお腹を閉じたんですね。
その後、入院しながら抗がん剤治療を始めました。
2〜3回やってみて大丈夫だという事で通院に切り替わったのですが、調子に乗って、すぐ肺炎になりました。
抗がん剤治療は免疫がとても下がるのですが、ずっと入院していたので遊びに行きたくてウズウズしているんですね。そして遊びに行ったら黴菌が入ったんでしょうね、肺炎でまたすぐ入院しました。
そして、私の胆管にはステントという、液体が流れていく金属の管が入っているのですが、排水溝のように詰まってくるんですね。すると胆管炎という炎症が起きて入院、というのをその後、定期的に繰り返しています。
最初は2種類の抗がん剤を併用していたのですが、1年経った時に1つの抗がん剤が使えなくなりました。
そこで、治療方針を変えるタイミングでもう1回手術ができないかと聞きに行ったセカンドオピニオン先の全医師に「手術なんてできるわけないでしょう」と言われました。
つまり、転移したがんが抗がん剤で消えれば手術できるかもしれないけれど、まず消えませんね、という事だったんです。
そこで私は「これはずっと付き合っていかなきゃいけない病気なんだ」と感じて、そこから粛々と抗がん剤の使用を続けています。
昨日も病院へ行って抗がん剤治療を受けてきたのですが、今も少し倦怠感があります。
でも、動けないほどではない、少し伝えにくいですが、そんな感じです。
では、仕事はどうだったかというと、最初の2月〜4月の3ヵ月間は休職しました。
それまで仕事を休んだのは最長で新婚旅行の1週間。それ以外は風邪でも会社に行く、という感じでしたから、3ヶ月も休むという事自体「どう伝えていいかが分からない」、そこからのスタートでした。
そして、5月に復帰します。私は営業職でノルマがあったのですが、復帰後は残業なし、ノルマ軽減という、奇跡というような事が起きました。
会社は今までがんの人たちを雇用した事がなく、どうしていいか分からない中でも、まずはやってみようという事でプライオリティ的にこのような事をしてくれて有り難かったのですが、私は社長と話をしました。
というのは、セカンドオピニオンに行って自分自身が「治らない、非常にシビアな病気なんだ」という事を改めて感じたので「『キャンサーペアレンツ』の活動をやらせてください」と社長に直談判したんですね。
それまでは正社員でフルタイムだったのですが「パートに切り替えて週2〜3回のシフト勤務にしてください」と言ったところ受け入れてくれて、今は治療をしながら、『キャンサーペアレンツ』の活動をしながら、会社にも行きながら、というサイクルで仕事をしています。
告知・復帰・その後の生活
がんと告知されたら当然、同僚や知人に話をしないといけませんが、告知後3〜4日程度は、話をしようとするとまず泣いちゃうんですね。「俺、がんでさ」という事がなかなか言えないし、言うと泣いちゃうんです。聞いた方もどう返していいか分からないから泣く。最初はその連続でした。それがもう辛くて辛くて、言葉をどう繋げばいいのかもまったく分かりませんでしたが、やはり人間慣れるもので、5人目くらいからは冷静でいられるようになりました。
とにかく最初はとても大変でした。上司は営業の人なので「数字の事を言われたらどうしよう」とか、休む事すら「お前なに休んでんだよ」と言われたらどうしよう、という怖さがあったので、まず人事に話をしたんですね。
でも、この営業の上司が粋な計らいをしてくれて、復帰の1週間前に中華料理屋さんでランチ会を開いてくれたんです。
当然3ヶ月も休んでいるので、同じチームのメンバーもたぶん「大病なんだ」とか、何か勘付いているわけです。私の方も、何も言わずに復帰するというのは少し引っかかっていたんですね。たぶんそれに上司が気付いて「もう話した方がいいんじゃないか」という事で、中華料理屋の円卓でピータンを回して「ピータンが回ってきたら近況報告ね」と。
私に回ってきた時にはもうピータンはなかったのですが…まぁ回ってきた時に「実はがんですよ」という話をしました。
その時は当然、みんな「えっ?」という感じですが、事実は事実なので「まぁ頑張ろうよ」と温かく受け入れてくれて、スムーズに復帰できた事はすごくよかったなと思っています。
復帰後の勤務は週4日。週1日は通院しないといけないのでお休みをする、という形でした。そして、残業なしの定時退社。
営業なので毎週、ノルマを確認する営業ミーティングがあります。
私の場合、当然「数字どう?」という話もあったのですが、「体調どう?」という事なども話せるような関係性があったので、体調が悪ければ休む事もありました。
全体的なミーティングの中でも定期的に、最近の調子はどうなのかを私の方から話をしたいタイミングがあれば、その機会を設けてくれたりしました。
そして、週1回休むわけですが、有給は20日しかありませんから、すぐになくなっちゃうんですね。その後は休むと無給になります。イコール給料が減ります。
さらに、営業なので数字によって賞与が変わってきます。
定時で終わる。週1回休み。それでは数字がなかなか上がりませんから、給料が減ります。
どうなったかというと、年収が半分になりました。
しかも、それだけじゃなく大体月3〜4万円の治療費が出ていきます。
当然、胆管炎で入院すると倍くらいかかります。そんな中で収入が減るわけですから、もう大変です。
貯金があるのでなんとかやっていけますが、この後10年20年、もし治療を続けていって生き続けると思うとちょっとゾッとします。
妻は専業主婦ですが「体の事は心配だけど、収入がないとやっていけないしなぁ。学校の将来もあるし。でも働いてもらっていいのかなぁ。もし体に何かあったらどうしよう」、そんな不安とずっと付き合いながら生きていく。
美談で語られる事が多いですが、全然美談じゃなく、リアルな生活の中で患者は生きています。
また、病院は治療に関してとても親身になって答えてくれるのですが、かたや子どもの話や仕事の話はまったく理解していないというか、たぶん分からないんですね。
そこは自分でネットワークを作ったり話を聞きに行ったりしないとなかなか難しいので、そういうコミュニティが必要だな、と思います。
会社と社員の関係性
おそらくどの会社にも大体「サービスを通じて世の中をこうしたい」というような企業理念が1つはあると思うのですが、我々の会社には「事業理念」「人理念」という2つの理念があって、人理念の最後には「仲間として支援する」と入っており、貢献した社員には何があっても支援するよ、という事が書いてあります。
私はこの考え方にとても救われた、と改めて思っています。
会社が非常に柔軟な対応をしてくれて有り難かったからこそ、週2〜3回の勤務でも「会社のために頑張ろう」という思いが強くなる、そんな関係性を作る事ができて、とてもよかったなぁと思います。
今は人事という立場にいて、自分と同じようにがんになった人たち、もしくは子育てしながら、あるいは介護しながら、そのように今まで働き続ける事が難しかった人たちがどうしたら働きやすくなるのかという枠組みを、会社の輪に入って一緒に作っています。
私はがん患者ですが、会社の中でそういう役割を担いたいし、会社側にも担ってほしい。
期待や役割がある事は生きる糧になります。患者だからといって蚊帳の外におくのではなく、役割や期待をきちんと与えて輪の中に入れていく事は、お互いにとって非常に良い事だと思います。
私の経験から思う事は「まずはちゃんと話をしよう」。
私も最初は上司になかなか言えず人事に話をしましたが、やはり話をすれば「そうかそうか」と分かってくれます。
大事なのは「これはできるけど、これはできません」という事です。気合いで「なんでもやります!」と言ってもできない事はできませんから、「週1回は通院しないといけないし、体調が悪い時は会社に来られません」ときちんと伝えて「分かった」と言ってもらえるコミュニケーションをとれるかどうか、そして会社側は「聞きにくい事でもきちんと聞く」という事ですね。患者の立場からすると興味本位で聞かれるのは嫌ですが、そうではなく仕事で必要な事はきちんとスタンスをもって聞く事が大事で、これがないと前に進みません。
つまり「忖度しない」。きちんと勇気を持って言う事、そして勇気を持って聞く事、これがベースにあると思います。
そして、評価はきちんとした方がいいと私は思います。つまり、特別扱いしない。
私が週2〜3回の勤務で他の人ほど働けるパワーも出せないのに給料が高いとしたら、たぶん周りから「あいつだけ何で?がんになってラッキーじゃん」とクレームがきますよね。
私は会社に入って十何年経ちますが、今は時給で働いているので、同じ役職の人たちからするとおそらく相当給料は低いです。でもそれは会社からすると正当な評価で、私はパートという働き方を選んでいるのだから、それでいいと思っています。
つまり、今まで100だった人を100のまま雇用し続けなきゃいけない、というのは難しいからやめてもらった方がいい。働き方に合わせた評価をきちんとして「お互いが納得できる働き方で頑張る」というルールの中で働き続ける事がとても大事じゃないかと思います。
最近「信頼貯蓄」という話をしているのですが、たとえば今まで仕事をサボってきた人ががん患者になった途端、優遇されるのは変だと思いますし、逆に、今まで頑張ってきて、会社にも信頼されている人が、がん患者になった途端「会社を辞めた方がいいんじゃないか」となるのもおかしいと思います。
これまで築いてきた会社と個人の信頼関係を考慮して、信頼のある人こそ会社に残った方がいい。そういう社員こそ、きちんと話をして、なんとか働き続けてもらう事が大事だと思います。
安心して働ける素地があって、何かあっても大丈夫だと思える会社とは。
会社と従業員はどういう立ち位置、関係性であるべきなのか。
がんを知る事によって、そのような事も考えるきっかけになればと思います。
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